英国暴動から学ぶ誤情報伝搬の仕組み

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英国で起きた女児3人殺傷事件をめぐる誤情報をきっかけに始まった大規模な反移民デモ。暴徒化した一部の参加者は、モスクや公共施設を破壊するなどの蛮行を繰り広げ英国に大きな混乱をもたらした。この件については、実際に暴動に参加した人々でなく、オンラインで情報を拡散した人々も処罰の対象となっているのは既報の通りだ。

SNSで暴動あおる…英国の「キーボード戦士」に禁錮3年

今回は、BBCおよびIDC(国際対話研究所)の調査結果をもとに、デモのきっかけとなった誤情報がどのように広まっていったかを検証する。

きっかけは現場に居合わせた保護者の投稿

誤情報の発端は、事件現場に居合わせた保護者の投稿と見られている。

事件が発生したのは7月29日。XをはじめとしたSNS上で、襲撃現場に居合わせた子どもの親を名乗る人物がLinkedInに「移民が侵入し、複数の子どもを殺害した」「今すぐ国境を閉鎖するべきだ」という内容が書かれた記事を投稿した。

犯行現場に居合わせた保護者による投稿(現在は削除)

保護者の投稿自体には犯人の人種や主張に関する記述はなかったが、SNS上ではこの投稿に尾ひれをつけて、犯人の名前、イスラム教徒であり、2020年にボートで海外からやってきた亡命者であるという投稿が広まっていった。

後に上記の情報はすべて誤情報だと判明するが、これらの話が訂正されずに広まった背景には、犯人が17歳の未成年であったため、事件発生から3日後の8月1日に裁判所の許可が下りるまで身元の公表が行われなかったことが挙げられる。

実際、いくつかのアカウントからは「政府や国営放送は都合の悪い事実を隠すために犯人情報を隠匿している(=移民による犯罪を隠蔽している)」として、事実を報道するように求める声が上がっていた。

政府による事件の隠蔽を疑う投稿

TV局を装ったアカウントが拡散に拍車をかけた

誤情報の拡散に拍車をかけたのが「Channel3Now」というニュースサイトだった。一見テレビ局のような名前のこのサイトは、今年7月にトランプ元大統領が銃撃された際にも、犯人は中国人であるとの誤情報を配信するなど、フェイクニュースの常連として知られていた。

Channel3Nowの実際の投稿(現在は削除)

Channel3Nowが掲載した記事、そしてこのサイトが真っ当な報道機関であると信じる人々により、誤情報はさらに拡散されていった。拡散を行った人々の中には、先日禁錮3年の計額だったSick Of It(@WayneGb88)ことウェイン・オロークをはじめとした、いわゆる「極右」として知られるインフルエンサーも多数含まれていた。

暴動へ与えた影響

この件で前提としておきたいのは、英国ではデモは違法ではなく、表現の自由や集会の自由として法的に保護されているということである。(Protest Law、抗議活動法)だが、そこには細かな決まり事があるし、当然ながら施設の破壊行為などは認められていない。

したがって、今回の問題点はデモではなく、デモに参加した人々が暴徒化し破壊行為に及んだこと、そしてインターネット上の誤情報がそれを正当化し、後押ししたことである。

とあるアカウントは、「子どもたちが無秩序な大量移民の犠牲となっている」として具体的な日時と場所とともにデモを呼びかけた。

また、抗議活動により警察が出動した動画やニュースが報道されるようになると「警察は移民を規制することはしないのに、自国人は逮捕する」といった言説が多く広まるようになった。

抗議行動を呼びかける投稿
警察の姿勢を批判する投稿

誤情報が広まるSNSの歪(いびつ)な仕組み

こうした誤情報が広まる原因のひとつは、SNSの構造上の問題にある。Xには通報やコミュニティノートという機能が存在するが、どちらもユーザー主導が対応をする必要があり、サービスの提供者が積極的に対応を行うものではない。

アルゴリズム

SNSのアルゴリズムは、特定の話題や投稿をユーザーに推奨する仕組みであり、ユーザーの満足度を上げるための機能として決して悪いものではない。オリンピックでメダルを獲得した選手の名前がトレンドに表示されるのは、多くのユーザーがその選手を祝福しているからだ。

だが、誤情報になるとその長所は短所に変わる。今回の件で言えば、X(旧Twitter)では、誤った犯人の名前が「イギリスでトレンド」として表示され続けたし、TikTokの検索機能では「southport」と入力すると誤った犯人の名前が予測検索に表示される仕組みになっていた。

こうしたアルゴリズムの問題は、一般ユーザーには対処が難しく、SNSの運営会社が対処すべきものである。しかし、X社のCEOであるイーロンマスクは日頃から「Free Speech(表現の自由)」を掲げている。こうした状況に積極的に対処するつもりはなさそうだ。

収益化

SNSの収益モデルは、広告収入に依存しており、コンテンツの内容の良し悪しに関係なく、ユーザーのエンゲージメント(反応)を高めることが重要視されている。過激な主張や激しい行動は議論を呼ぶため、エンゲージメントも高くなり、結果として過激なアカウントが収益を得やすくなるという構造がある。

前述の過激派インフルエンサー、ウェイン・オロークも毎月1,400ユーロ、日本円で20万円前後の収益をSNSから得ていたという。また、日本の総務省が発表した情報通信白書令和5年版では、収益目当てでこうした誤情報を発信する人々がいることが報告されている。

2016年の米国大統領選挙では北マケドニア共和国の学生が広告収入目的で大量の偽・誤情報を発信していた。また日本でも、ニュースサイトを装って排外主義的な偽・誤情報を流していたウェブサイトがあり、作成者は収入目当てであると取材に答えていた事例がある。

総務省 情報通信白書令和5年版 第1部 特集 新時代に求められる強靱・健全なデータ流通社会の実現に向けて

問題への対処

事件発生から1週間後、英国各地への暴動の広まりを受けて、英国のスターマー首相は「暴力行為に加担した全員を処罰する」とし、暴動の参加者だけでなく、SNSでの煽動に加担した人々も処罰の対象となり得ることを表明した。

また、8日には、Channel3Nowを運営していたパキスタン人の男性が、サイバーテロの疑いでパキスタン警察当局に逮捕された。この男性は逮捕前、BBCの取材に対し、Channel3Nowは複数のチームで運営しており、誤った記事を掲載した記者は解雇したと回答していたが、警察の調べによると運営者は自分1人だと語っているという。

BBCでは現在までの逮捕者の顔写真と名前を公開している。インターネットを通じて暴動に関与したとされ判決を受けた被告は、前述のウェイン・オロークに禁錮3年のほか、殺害を仄めかす投稿をしたとしてジュリー・スウィーニー被告に禁錮1年3ヶ月、Facebookに暴動を煽動する投稿をしたとして、ダニエル・キングスリー被告に懲役1年9ヶ月など、これまで6人が実刑判決を受けている。

参照:
2023-05-30. “New Protest Laws: A Beginner’s Guide”. AdviceNow. https://www.advicenow.org.uk/guides/new-protest-laws-beginners-guide, (参照2024-08-26)
2023-08-06. “インターネット白書”. 総務省. https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r05/html/nd123000.html, (参照2024-08-26)
2024-07-31. “How False Online Claims About Southport Knife Attack Spread So Rapidly”. The Guardian. https://www.theguardian.com/uk-news/article/2024/jul/31/how-false-online-claims-about-southport-knife-attack-spread-so-rapidly, (参照2024-08-26)
2024-08-01. “From Rumours to Riots: How Online Misinformation Fuelled Violence in the Aftermath of the Southport Attack”. ISD Global. https://www.isdglobal.org/digital_dispatches/from-rumours-to-riots-how-online-misinformation-fuelled-violence-in-the-aftermath-of-the-southport-attack/, (参照2024-08-26)
2024-08-08. “Pakistani Man Involved with News Website That Fuelled UK Riots: Report”. Pakistan Today. https://www.pakistantoday.com.pk/2024/08/08/pakistani-man-involved-with-news-website-that-fuelled-uk-riots-report/, (参照2024-08-26)
2024-08-26. “What Are the New Protest Laws in the UK?”. BBC News. https://www.bbc.com/news/articles/c5y3gre3y9yo, (参照2024-08-26)
2024-08-26. “UK Protest Crackdown: Legal and Ethical Debates”. BBC News. https://www.bbc.com/news/articles/c05je6yz0q1o, (参照2024-08-26)
2024-08-26. “Misinformation’s Role in Political Unrest”. BBC News. https://www.bbc.com/news/articles/cm23y7l01v8o, (参照2024-08-26)
2024-08-26. “「新たな抗議法」導入へ 英国政府”. BBCニュース(日本語). https://www.bbc.com/japanese/articles/cd171vz0px0o, (参照2024-08-26)
2024-08-26. “英国の抗議活動に関する新たな規制”. BBCニュース(日本語). https://www.bbc.com/japanese/articles/cp08844n1gzo, (参照2024-08-26)



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